2005年02月16日

【タイムウェーブ・ゼロ理論】

 
笑える、
 
ニューエイジ諸君の軽さ。

手許に「フォトンベルトと日月神示」岡田光興著という本がある。
タイトルが示すように、フォトンベルトと日月神示のことを書いたニューエイジ的新刊である。
もちろん、ぼくもニューエイジ派コピーライター(苦笑)として愛読した。

この本では、2012年12月23日の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」な一日を理論づけるために、テレンス・マッケンナの「タイムウェーブ・ゼロ理論」を紹介している【98ページ】


■引用しよう。

アメリカの科学思想家のテレンス・マッケンナは「タイムウェーブ・ゼロ理論(波状型時間理論)」という、カオス理論やフラクタタルなどの数学理論、中国の易経などを基にした時間に関する理論を構築した。そして後日その仮説を応用したソフトウェアを開発した。
そしてさまざまな数学的条件をプログラミングしてシミュレーションしたところ、フラクタル・ウェーブのらせんのピークは2012年12月23日(一説には12月21日午前11時10分)であった。マッケンナは、時間をらせん状のエネルギー体としてとらえ、動きはじめはスローだが、時間がどんどん過ぎていくと、らせん状のエネルギーの動きは加速していく、と考えた。そしてまた時間はフラクタルだと考え、同じ一つの形が何回も繰り返されて現れてくるが、どんどんその時間的な間隔が短くなってゆくとした。そして時間とともにそこに存在する情報量は加速度的に増大し、すべての情報が凝縮する、その極大点を「タイムウェーブ・ゼロ」と呼んだ。(原文のまま)

■解説しよう。ハッキリいって、意味不明・こけおどし的な文ではある。

⇒カオス理論やフラクタタルなどの数学理論、中国の易経などを基にした時間に関する理論を構築した…
下手なコピーライターの書く箔付け能書きと同様のレベルで、書けば書くほど怪しさが増す。以下に紹介するのは恥ずかしながらぼくが以前書いた箔付け能書きだが、似たような怪しさを感じないか?「クラブ理論、金属学、そして製造工程すべてをトータルに熟知している芸術家はだしの○○○プロデューサーだ」。つまり、語っていそうでなにも語っていない。中身のないものを表現するときコピーライターが使う常套手段である。

⇒そして後日その仮説を応用したソフトウェアを開発した…
おいおい、そんなソフトウェアを誰が、何の目的で使うのだ?プログラミング開発費と効果に見合う利益はあるのか?用途のないソフトウェアなんか、開発する馬鹿がいるのか?いたとしたら、どんな目的か聞かせてほしいものだ(笑)。

⇒そしてさまざまな数学的条件を…以下略…
わからん。読んでもわけがわからない。わからないものでもっともらしい結論を導くのは、自己啓発系詐欺師集団のようなものである。ただ、この岡田光興には明らかに意図をもってテレンス・マッケンナについての紹介をしている。意図とは、テレンス・マッケンナを「科学者」ふうに見せて、もっともらしい理論的展開で箔付けしよう、とするさもしい下心である。

■オリジナルに当たろう。
しかし、テレンス・マッケンナなんて人のオリジナル情報にたどりつくことができるのか?

イギリスのカルトな音楽バンド、サイキックTV(Psychic TV)についての研究サイト23net.tvというのがある。
ここで、音楽マニアな著者がテレンス・マッケンナについて調べているのにたどりついた。
http://www.23net.tv/modules/wordpress/index.php?p=94
以下は、23net.tvによって明らかになったテレンス・マッケンナの横顔に、ぼくが一部補追した真相である。

 
●真相
※情報元: CD-マガジン『INTRO イントロ』1993年10月発行Ver 1.0 テレンス・マッケンナの記事およびインタビューP21〜23
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(左記画像は、23net.tvにより、同マガジンP20のテレンス・マッケンナの写真の一部縮小スキャン引用)
 
★テレンス・マッケンナは岡田光興が語るように「アメリカの科学思想家」ではない。
科学とか思想とか、もっともらうい肩書をつけるとそれらしいものに見えてしまうが、だまされないように。真相は、1990年代アメリカ西海岸のレイブ・シーンと交流が深く、何枚かのサイケデリックミュージックのCDやアルバムをリリースしている「ミュージシャン」兼マルチタレントである。アメリカ西海岸のニューエイジ運動の精神的的支柱の一人と目されている。著書に「神々のドラッグ」」(第三書館)「幻覚世界の真実」「神々の糧」など。
CD-ROM
(画像はテレンス・マッケンナのクラブ・イベントを収録したアルバム『Alien Dreamtime』 Spacetime Continuum with Terence McKenna(1993年作品)。トラック6が「Timewave Zero」。)

★テレンス・マッケンナは1990年代に現れたニュータイプのサイケデリック・グル(導師)である。
つまり昔のティモシー・リアリーのようなポジションにあった人物である。60年代ヒッピーの教祖。岡田光興が語るところによればテレンス・マッケンナがとても科学者っぽく聞こえるが、実際はサイケデリック・グル(導師)である。信じる人から見れば発言に超自然叡知が含まれているが、一般的には「イカサマ」、あるいは「マユツバ」と称されかねない人種である。

★しかし、テレンス・マッケンナが科学的アプローチをしなかったわけではない。
テレンス・マッケンナが歴史上革新的なことが集中して起きたポイントと周期からタイム・ウェーブ理論というものを起こし、そして計算したところ全てのウェーブ(周期、波)が2012年12月に終わりを迎えたという。
(23net.tvによると、経済学でコンドラチェフの波というのがあるが、それと同様の理論と推測される。ただしこのタイム・ウェーブ理論が信憑性のあるものかどうかは不明。)
そして、2012年12月に終わるそのポイントを Timewave Zero タイムウェーブ・ゼロと呼んだということのようである。
 
★死人に口なし。
テレンス・マッケンナは2000年に死去している。ゆえに、理論の真実を問いただすことは不可能であり、そのような人物の仮説を孫引きしてニューエイジ的に「フォトンベルト」と結びつけるのは、かなりの独善である。ニューエイジ系、フォトンベルト系、アセンション系の著作物やインターネットの記述の多くは、100%テレンス・マッケンナを孫引きしている。原本にゆがみがあると、末代までゆがみが修正されずにコピペされていく。こんなんで、いいの?

★テレンス・マッケンナは宇宙理論やマヤ暦に通じていた。
マッケンナは、コンピュータを用いた計算で2012年12月21日の冬至の太陽が銀河系の中心の銀河黄道に昇ること、これは春分点の歳差が原因で2万6千年に一回だけ起きることを発見したという。だが、わざわざコンピュータを用いなくても、このような星の動きは多少の知識がある人なら自明の理である。そしてマヤ暦も同じ時期に終わっていることを言及しているが、自明の理とマヤ暦をくっつけて、後追いで「タイムウェーブ・ゼロ理論」を構築したと揚げ足をとられても仕方ない状況である。我々クリエイティブの人間ならよくやる禁じ手だが、ラフができてあとで企画書をつくってしまう、というような手口と似ている。

★ニューエイジの知識がもともとあった人である。
マッケンナ自身がそのときに何が起こるかについて言及しているので、上記記事から引用すると、「では、その日に一体、なにが起こるのだろう。なんらかの異変だろうか、それとも、宇宙からの謎の物体の襲来だろうか。そうしたことが起こる可能性はきわめて少ない」とマッケンナは言う。マヤ文明のカレンダーが終わるまでに、「われわれは、自分たちの創造物だとみなしているもの、たとえばコンピュータやテクノロジーが、実際には、異なったレベルのわれわれ自身であることを当然のこととして認めるようになるだろう。そして、世俗的な歴史の迷路を遍歴しおえたあかつきには、われわれが最初に知っていたこと、すなわち、自己と他者、生と死、文明と自然といった概念や言葉に左右されない、縫い目のない自然との古代的な融合を回復するだろう」というのが彼の考えで、そうした古代的な融合の復活を「アルカイック・リバイバル」とマッケンナは名付けた。
(同マガジンP21 より)
 
ここでは、人間がすでに完全なものであったこと(だが現在の人間はそれを忘却している)を前提に述べている。そして、2012年12月21日-23日以降には、人間について変質が行われ「われわれが最初に知っていたこと(中略)を回復するだろう」と続けている。
 
このinterviewから読み取れるのは、テレンス・マッケンナがそもそもサイケデリック・グル(導師)として、ニューエイジ的な知識に富んでいるということである。その豊かな精神世界の教養があれば、後追いで「タイムウェーブ・ゼロ理論」を構築してもますます不思議ではない。
 
■検証しよう。
テレンス・マッケンナに象徴されるように、似非科学が跋扈しているのが、ニューエイジ界である。これだから、とんでも学会に馬鹿にされるのである。科学のような素振りでもったいぶって書かずに、こう書いてほしい。-----ドラッグで幻覚を飽きるほど見たテレンス・マッケンナは、あっちの世界で2012年12月21日-23日以降に人間の入れ替えが行われることを見てきた。それだけじゃあ有り難みがないので「タイムウェーブ・ゼロ理論」なんて名称をつけて、2012年12月21日-23日の出来事を凡人に印象づけるようにした。------こんな感じかな。
 
ことわっておくが、ぼくはニューエイジを貶めたり辱めたりするのが主義ではない。岡田光興氏に対しても批判や怨みはなーんもない。かりそめにもニューエイジ派コピーライター(苦笑)であるゆえ、「ドラッグによるトリップであろうが瞑想であろうが、かいま見たあっちの世界で真実そう語られているのなら、現世でも受け入れたっていいよな」、という寛容がぼくの基本姿勢ではある。是々非々なのである。
 
 


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この記事へのコメント
こんにちは。またまたお邪魔します。<はーと日和>のmikakoです。テレンス・マッケンナについて、こんなに突っ込んで調べて書かれた記事は初めてみましたが大変面白かったです。マッケンナは志茂田影樹に似てる人なんだー!いや、志茂田影樹が真似してるのかな(どっちでもいいですが)。

あのー、歴史に名を残す哲学者とか思想家って今でいう変わり者っていうか変態っぽい人ばっかりだったと思うんですよ。あんまり知られてないだけで。アリストテレスだってニュートンだってもとは錬金術ばっかりやってて原子構造とか万有引力とか発見することになったわけですから。マッケンナが今さら何をやって「タイムウェーブ・ゼロ理論」を発見したのだとしても、珍しいことではない気がします。見つけたのは彼で、時代はそれを求めていた、それだけです。

「ぶっとんだ変態から新しい科学は見つかる」
過言ではないと思います。ぶっとんだものの勝ちです。

私はニューエイジが面白いのはそういう果てのないぶっ飛びが無条件に許容されているところである気がします。論理の飛躍に目くじらを立てないところとか。個人的にドラッグには反対ですが、健康的にぶっ飛んで何か考えるのは楽しいです。ユーモアがなければ窒息しそうなこの時代ですし。
Posted by mikako at 2005年02月16日 10:45
mikako様、コメントありがとうございます。ぶっちゃけ、ぶっとび、っちゅうのはまさにおっしゃるように結構なブレークスルーの方法ですよね。

ただ、新しいアプローチが、なおかつ人口に膾炙するためには、庶民はリクツとか合理性というものを求めてしまうものです。

リクツはなるべくなら、既存の近代科学をもって説明されたほうが好ましい。

でも、そーはいっても真実、真如、悟りみたいなものは、既存の理論をあてはめても説明しきれないもののようです。身をもって体得するしかない真実というものも存在し、そっちのほーが大事なんだぜっていうことが、ややもすると無視されがちです。それって、どーも、いいことないですよね。

ニューエイジ諸君のアセンションにまつわる記述が苦しいのは、すべからく既存の理論をあてはめて語ろうという点です。もう、自己矛盾もいいところ。

でも、僕としてはなんとか提灯を持ちたいんですよ。アセンションの叙事詩に。

だんだん、隠しおおせなくなってきています。

アセンションの真実が明らかになる前に、既存の近代科学、理論体系、そういうものが不完全な知識体系だということは、徐々に明らかになるでしょう。サルから人間に進化したみたいなバカなことを信じている我々。宇宙に高等生物がいる星は地球だけみたいな盲信。死んだら終わりみたいな唯物論。そして、京都議定書発効、温暖化ガス削減などという壮大な欺瞞。9.11で口火が切られたフィナーレへの序曲。

このような節目に、ぼくは、だれかの追随じゃなく、自分なりの理解で進んでいこうとおもっています。
Posted by くりえいと〈本人〉 at 2005年02月17日 13:56
岡田光興 私も拝見しましたぁ。確かにネライのある
Posted by あい at 2005年10月14日 13:14
「開発費に見合う利益はあるのか?」

ってありますけど、ぶっ飛んだ(いい意味でも悪い意味でも)科学者は
そんなこと考えていないですよ。

ごく普通の研究者なら、
その手柄でお金儲けにも繋がるようなことを誰でも考えるでしょうけど、
この場合はそうでないような気がしますが・・・。
Posted by e at 2006年03月07日 11:27